昔の人はどうやって洗濯していた? 木の実で洗い、着物をほどいた時代のお話
「どないして洗濯してはったんやろな~」
おはようさん(養蚕)どす。
京都西陣の絹糸問屋・中忠商店のWEB番頭でございます。
洗濯物を洗濯機に入れて、洗剤を入れて、ボタンをポン。
いまでは、ごく当たり前の光景です。乾燥まで機械にお任せ、というご家庭もあるでしょう。
でも、ある日ふと思ったんです。
洗濯機がないのは分かる。ほな、洗剤もない時代は、何で洗ってはったんやろ?
手で洗うとしても、水だけで汚れは落ちるのでしょうか。そもそも昔の人は、どんな服を着ていたのでしょう。
考え始めたら、洗濯の話が、着物や木綿や絹の歴史にまで広がってしまいました。
今回は江戸時代の日本を中心に、ちょっと昔の洗濯事情をのぞいてみます。
おしゃべり番頭の、こぼれすぎた話。
身近な「当たり前」を、ちょっと不思議がってみる読み物です。
本日の寄り道は、昔の洗剤、木綿と絹、そして「洗うために服をほどく」という驚きの習慣へ。
昔の洗剤は、木の実や灰?
昔の日本では、身近な植物や灰を、洗濯の汚れ落としに利用していました。
例えばムクロジ(無患子)という木の実。果皮にはサポニンという成分が含まれ、水と一緒にすると泡立つ性質があります。サイカチの実やさやも、同じように洗濯に使われました。
「木の実で洗濯」と聞くと、ずいぶん頼りない気もしますが、実際に汚れを落とす働きがあるのです。
もう一つが灰汁(あく)。木などを燃やした灰に水を通して得られる、アルカリ性の液体です。皮脂などの汚れを落とす助けになります。
ほかにも、米のとぎ汁などが使われていました。
身近なものの性質を見つけて、毎日の家事に役立てる。洗濯ひとつにも、昔の人の観察力が表れています。
しかし、最初にムクロジで服を洗おうと思った人は、いったい何をきっかけに気づいたのでしょうね。
……その話だけで、また記事が一本書けそうです(笑)。
※灰汁はアルカリ性であり、素材によっては傷みの原因になります。昔の方法を、現在の衣類にそのまま試すことはおすすめしません。
江戸時代には、洗濯板もなかった
「昔の洗濯」と聞けば、たらいと洗濯板。そう思い浮かべる方も多いかもしれません。
ところが、意外なことに、あのギザギザの洗濯板が日本で広まったのは明治時代になってからのこと。
江戸時代には、たらいなどを使い、手でもみ洗いする方法が広く行われていました。石けんも当時の日本にはすでに伝わっていましたが、一般家庭で日常的に使えるものではなかったのです。
洗う、すすぐ、絞る、干す。
その前に、井戸などから水を用意しなければいけません。
今の洗濯機なら何気なく済ませる作業が、すべて人の手による仕事でした。
寒い季節の水仕事など、考えるだけで手がかじかみそうです。
当たり前ですが、洗濯機の「便利さ」は、洗う機能だけにあるわけではないのですね。
ところで、昔の人はどんな服を着ていたの?
さて、ここで絹糸屋らしく、洗うものの「素材」に寄り道してみましょう。
昔の日本に、ポリエステルもナイロンもありません。衣服は、自然の中から得られる繊維で作られていました。
古くから使われてきたのは、麻をはじめとする植物の繊維。麻とひと口に言っても種類はさまざまですが、植物から繊維を取り出し、糸にして、布にする。これだけでも大変な仕事です。
そして江戸時代、庶民の暮らしに広く普及していったのが木綿(もめん)でした。
木綿は柔らかく、肌ざわりがよく、保温性もあります。丈夫で日常使いしやすかったことから、麻に代わって普段着の大切な素材になっていきました。
一方、絹は古くから日本で使われていましたが、木綿に比べると高価な繊維。身分や用途によって着用に制限が設けられた時代もあります。
もちろん、時代や地域、暮らし向きによって事情は異なりますが、同じ「着物」でも素材は一つではなかったわけです。
そして、素材が違えば、お手入れの仕方も変わります。ここが、洗濯の面白いところです。
洗濯するために、まず服をほどく!?
さて、今回いちばん驚いたのは、ここからです。
昔の着物には、「洗い張り(あらいはり)」という手入れの方法がありました。
着物の縫い目をほどき、布の状態に戻してから洗う。そして、形を整えて乾かし、また仕立て直すのです。
……ちょっと待ってください。
洗濯するために、服をいったん分解するんですか?
そうなんです。洗って、干して、それで終わりではありません。もう一度、縫い直すところまでが大仕事。
洗った布は、張り板(はりいた)などに張って乾かし、しわや寸法を整えます。
もちろん、毎日の洗濯で、すべての服をいちいちほどいていたわけではありません。日常的に洗うものと、必要に応じて洗い張りする着物とでは、手入れの方法が違いました。
それにしても、なんとも手間のかかることです。
けれど、少し考えると、これが実に理にかなった方法でもあります。
服をほどけるということは、また作り直せるということ。
着物は、反物の幅を生かしながら、比較的直線的な裁断で仕立てられています。
ほどけば布として扱いやすくなり、洗った後には、傷んだ場所を避けて仕立て直したり、寸法を変えたり、子どもの着物などに作り替えたりすることができます。
一枚の布を、何度も生かしていく仕組みがあったのですね。
いま私たちは「服を洗う」と言いますが、当時の洗い張りを知ると、「布を手入れして、また服にする」という感覚に近かったのかもしれません。
洗濯の話をしていたはずが、いつの間にか服づくりや、ものを長く使う知恵の話になってしまいました。
さて、絹の着物はどうしていたのでしょう?
ここで、ようやく本業のシルクの話です(笑)。
絹は、蚕が作り出す天然のたんぱく質繊維。美しい光沢となめらかな風合いが魅力ですが、洗い方によっては縮みや色落ち、風合いの変化などが起こります。
また、絹は強いアルカリ性の環境に弱い性質があります。昔の洗濯で活躍した灰汁を、どんな絹物にも気軽に使えたわけではありません。
絹の着物も、素材や染め方、装飾などを見極めながら、洗い張りや専門的な手入れが行われてきました。
「シルクは洗えない」と言われることがありますが、本当はもう少し複雑です。水に濡らせないのではなく、洗った後も色・形・風合いを保てるかが大切なのです。
このあたりは、以前の「よむしるく」で、「洗えるシルク」とは何か?という記事でも詳しく考察しています。
現代のシルクは、日常の衣服にも。
着物が中心だった時代と違い、現在ではシルクの肌着や靴下など、毎日使う衣料品もたくさんあります。
例えば当店のシルク長袖インナーや、シルク五本指靴下は、家庭でのお洗濯を想定した商品です。
商品ごとの洗濯表示やお手入れ方法に従っていただく必要はありますが、「絹は特別な日に着るもの」というイメージも、少しずつ変わってきています。
もちろん、現代のシルクなら何でも洗濯機で洗える、ということではありません。素材だけでなく、染色・編み方・仕立て方によってもお手入れの条件は変わります。
絹と洗剤の相性については、関連記事「シルクと中性洗剤と。」でもご紹介しています。
洗濯機が「当たり前」になるまで
それでは、洗濯が今のように便利になったのは、いつ頃からなのでしょう。
石けんが日本の家庭に普及し始めたのは明治時代。洗濯板も同じ頃から広がっていきました。
さらに時代が進み、家庭用の電気洗濯機が登場します。
日本で洗濯機の普及が大きく進んだのは、昭和30年代から40年代にかけてのことでした。内閣府の資料によれば、1957年(昭和32年)の都市部での普及率は約20%。1970年(昭和45年)には、全国で約91%に達しています。
ほんの十数年ほどで、洗濯の風景ががらりと変わったのです。
それ以前には、洗うのも、すすぐのも、絞るのも手仕事だったのですから、洗濯機の登場は、暮らしの時間そのものを変えたことでしょう。
今では、洗濯板を見たことがない子どもたちもいるかもしれませんね。
おわりに|洗濯ひとつにも、先人の知恵
「昔の人は、どうやって洗濯してはったんやろ?」
そんな小さな疑問から調べ始めたのに、木の実や灰の性質、麻と木綿の衣服、着物の洗い張り、そして絹のお手入れにまで話が広がってしまいました。
昔の暮らしを知ると、「不便だったんだなあ」と思うこともあります。
でも同時に、便利な道具がなかったからこそ、身近なものをよく見て、素材の違いを知り、工夫を重ねてきたことにも気づかされます。
そして、ひとつの着物をほどいて、洗って、仕立て直し、また着るという手間には、布を大切にする暮らし方がありました。
洗濯機のボタンを押す前に、そんな時代をほんの少し想像してみる。
それだけで、いつもの洗濯物が、ちょっと違って見える気がします。
……さて、そろそろ洗濯物を干さなあきません。
今日も話がこぼれすぎましたなあ(笑)。
参考資料・関連ページ
- 江戸東京博物館|江戸時代、洗濯に石鹸と洗濯板を使用したか。
- 東京都立図書館|大江戸ファッション「麻から木綿へ」
- 世田谷デジタルミュージアム|張り板(洗い張りに使われた道具)
- 内閣府|家電製品などの普及で進む家事時間の短縮
- よむしるく|洗濯ネームの表示義務・商品への縫い付けは必要か?



