シルクの「保温性」について考える。絹糸屋の解説・シルク考。
おはようさん(養蚕)どす。京都西陣絹糸問屋・中忠商店のWEB番頭でございます。
さて、本日は「保温性」についてのお話です。
「シルクは、保温性に優れています。」と、シルクのメリットとして様々な販売ページで散見されますが、本当のところはどうなの?!と思っている皆様へ。
今回は、
・そもそも「保温性」とは何か?
・保温性は、どうすれば備わるの?
・保温性が「高い」とか「低い」とかってどういうこと?
・シルクの保温性ってどうなの?
などについて、京都西陣絹糸屋の番頭・TES(繊維製品品質管理士)が解説いたします。
そもそも、「保温性」とは何か?
「保温性」とは、読んで字のごとく「温度」を「保つ」性質のことです。熱源体が保持する温度を、外気との温度交換(熱移動)を遮断・抑制することによって、一定温度に保持する機能性のことを言います。
その意味では、保つ温度が高い場合にも低い場合にも、どちらも「保温性」と言えるのですが、別途「保冷性」という言葉もあるため、通例としては「あたたかさを保持する性質のこと」を指すことが多いです。
類似する機能性で、
・「発熱性」=何らかの作用で、熱を発生させる機能性。代表例は、吸湿発熱機能。
・「蓄熱性」=発生した熱を蓄えておく機能性。蓄熱わた、コンクリートブロックなどが代表的。
などがありますが、原理や定義、機能の目的が異なるため、混同しないようご注意ください。
ここでは、「保温性」にのみフォーカスして、話を進めてまいります。
保温性は、どうすれば備わるの?
では、どうすれば「保温性」(※これ以降は「あたたかさを保持する性質」として使用します。)を持たせることができるのでしょうか?
結論から言いますと、熱源(人間でいえば身体・放熱する肌表面)と外気との間に、温度の移動を遮断・抑制するものを用いて、熱が逃げないようにすることで、「保温性」を持たせることができます。
では、「温度の移動を遮断・抑制するもの」とは、どのようなものでしょうか?
温度・熱の移動を「熱伝導」と言いますが、熱伝導を抑制する代表的なものは、ずばり「空気」です。
「えっ?!空気?」と思った方は、検索エンジンで「空気」「熱伝導率」と検索してみてください。
空気の熱伝導率は「0.0241」と非常に小さいため、熱を伝えにくく、温度の移動を抑制することができます。
熱伝導率が悪いほど(数字が小さいほど)、熱が伝わる(逃げる)速度が遅く、熱伝導率が良いほど(数字が大きいほど)、熱が伝わる速度が速いということになります。
一例ですが(※一般的な材料の室温付近での熱伝導率)、
・ダイヤモンド:1,000から2,000
・銅:403
・ステンレス:16.7から20.9
・陶器:1から1.6
・木材:0.15から0.25
・羊毛:0.05
・空気:0.0241
のような数値となっており、空気の熱伝導率が非常に小さいことが明らかです。(引用:Wikipedia「熱伝導率」より)
保温性が「高い」とか「低い」ってどういうこと?
くどいようですが、「保温性」とは、熱源体が保持する温度を、外気温との温度交換を遮断・抑制することによって、一定温度に保持する機能のことを言います。
つまり、「もともとの熱源体が保持している温度を逃がさないこと」が重要で、「保温性」を得るためには、熱源体と外気との間に「熱伝導率の悪いもの」を挟み込み、「熱源体の熱(温度)」を外気に伝わりにくく(逃げにくく)することが、最も効果的な方法となります。
ここまでご紹介してきた通り、「熱伝導率の悪いもの」の代表は「空気」です。ダウンジャケットや綿入れ半纏(はんてん)、羽毛布団など、空気層の厚いもの・多いもの=保温性が高くなる、ということになります。
実際の繊維製品に関しては、あたたかくなった空気が逃げないこと(=通気性)や、温まりすぎて発汗した際に、その水分をうまく逃がすこと(=放湿性)なども重要になってきますが、
原理から言えば、
「遮断する空気層が厚い・多い」=「外気との熱交換が起こりにくい」=「保温性が高い」
ということになります。「保温性が低い」というのは、その逆です。
シルクの保温性について
さて、最後は「シルク」の保温性について、です。
シルクは、ごくごく細い小繊維(フィブリル)が集まってできている繊維で、その繊維間には多数の空気層を含みます。
ここまでに書いてきた通り、空気層の厚いもの・多いもの=保温性が高い素材ということになりますので、空気層を多く含むシルク(絹)は保温性が高い素材、と言えます。
また、絹紡糸や絹紬糸などの「紡績系の絹糸」については、その紡績工程でさらに繊維間に空気層ができるため、より保温性が高くなります。(糸種についての詳細は、こちらの記事をご参照ください。)
シルク以外にも、熱伝導率の低いウールや、繊維に中空構造(ルーメン)を持つ綿なども、その構造や生産方法(紡績)から、天然の保温性を持っています。
終わりに 単純情報でなく、総合的に判断を。
「シルクに保温性がある」ということは、素材の構造の面からみて、問題なく断言できます。
ただ、実際の製品としての「保温性」については、原料である素材の要素の他に、生地の織り方・編み方、生地の厚さ、重ね方の工夫など、様々な要素が影響します。
製品としての保温性を判断するには、それらの「総合点」での評価が必要になります。
シルクに限らず、どれほど保温性が高い素材を使用しても、生地厚が薄かったり、編み組織・織り組織が粗かったりするものであれば、通気性や放熱性(熱を逃がす性質)が高く、保温性は低くなってしまいます。
また、保温性の低い素材を使ったとしても、空気層の作り方や、生地の重ね方、組み合わせる素材の工夫次第では、保温性の高い商品を作ることもできます。
さらに言えば、「保温性」がどれほど高くても、肌に対する負荷が大きかったり、熱がこもって暑すぎたり、水分が逃げずにかえって体を冷やしてしまったりするような、「快適性」を損ねた製品では意味がありません。
単に、素材の機能だけで判断するのではなく、基本的な原理をご理解いただいた上で、ご自身の目的に合った最良の選択をされることを願っております。